▼江戸時代:関山街道へ続く城下町の西の玄関口

▽八幡の主なできごと
・慶長12(1607) 大崎八幡宮の建立
・八幡町は当初竜宝寺の(大崎八幡宮の別当)の門前町
・中島丁は武家屋敷、角五郎丁は足軽屋敷
・石切町は仙台築城に携わった石工が住む
・関山街道へ続く城下の西の玄関口
 →仲不改所(すあいどころ;税関)の設置
・四ツ谷用水の本流が流れる


▽仙台の主なできごと
・慶長6(1601) 仙台城下町の建設開始
 →最盛期を迎える元禄年間(1700頃)まで三度に渡って城下を拡大。その後、度重なる飢饉や大火により衰退
・元和元年(1615) 四ツ谷用水本流の掘削
 →拡張され段丘を利用して城下をくまなく貫流

<仙台城下絵図/天明6〜寛政元年(1786〜89)>

▼明治〜昭和戦前:へくり沢を埋立てて都心とつなぐ
▽八幡の主なできごと
・明治15(1882) 野蒜築港に際し物資運搬のため関山トンネルを掘削、この頃北三番丁から八幡に入る道が開通
 →通行人が増加し、八幡町と西の茶屋町は賑わう
・昭和16(1941) 市電八幡線全線開通
 →市電開通に伴いへくり沢を埋立
・昭和17(1942) 営団八幡住宅の建設

▽仙台の主なできごと
・明治になると主要官公庁の設置、東北の拠点として重要視される
・明治11(1878) 野蒜港の築港開始
 →台風被害により明治17に廃港
・明治20(1887) 東北本線上野・塩竈間の開通、以降鉄道各線が開通
・明治22(1889) 市政の施行、仙台市となる
・大正15(1926) 市電環状線の一部開通以降路線が延長

<地形図/明治38年(1905)>

▼戦災復興期:戦災を免れ復興事業による近代化の機会を逸す

▽八幡の主なできごと
・八幡は一部を除いて戦災を免れる
・昭和27(1942) 大崎八幡宮本殿が国宝に指定

▽仙台の主なできごと
・昭和20(1945) 都心部は戦災を受ける
・昭和21(1946) 戦災復興区画整理事業開始

<仙台市街明細地図/昭和27年(1952)>

▼高度経済成長期以降:市電が廃止されまちの賑わいが薄れる
▽八幡の主なできごと
・昭和51(1976) 市電の全線廃止
・昭和58(1983) 西道路の開通
・アパートやマンションの建設が増加
・国道48号共同溝工事

▽仙台の主なできごと
・昭和30年代以降、モータリゼーション進展に伴う市電等の廃止、宅地造成による市街地の拡大
・昭和48(1973) 東北自動車道仙台・白石間の開通
・昭和57(1982) 東北新幹線大宮・盛岡間の開通
・昭和62(1987) 地下鉄南北線の開通
・平成元(1989) 政令指定都市となる

<地形図/平成10年(1998)>
<<探検(1)へ  探検(3)へ>>