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世界の人々を魅了する街の多くは、その街の顔となるセントラルパーク--CENTRAL PARKS--を擁しています。
例えば、ニューヨークのセントラルパークは殊に有名です。摩天楼の林立するマンハッタン島の中心部にポッカリと枠取られたセントラルパークは、息詰るほど高密度に集積した街での生活を営む市民に、貴重な潤いを与えています。あるいは、緑に覆われたセントラルパークとギュッと建詰まった市街地とが、あいまって、魅力的な都市生活を可能にしているのです。
私たちの街、仙台に目を転じると、「杜の都」と形容される割には、実際には緑は少ないのではないかとの指摘があります。しかしながら、広瀬川を中軸に見据えれば、確かに、セントラルパークの姿が見え隠れしています。
文殊山の懐を抜け出た広瀬川は、左岸に仙台の中心市街地、右岸に東北大学川内キャンパスや青葉山に挟まれ、蛇行しながらそれらに深く入り込み、あるいはそれらを縫い合わせる様に貫流しています
。ニューヨークのセントラルパークの様に市街地と明確に仕切られた場所ではないかもしれませんが、曖昧な境界を持ちながら市街地と自然環境の融合する豊かな庭園空間、それが私たちのセントラルパークなのではないでしょうか。
歴史を紐解けば、「せんだい」は広瀬川を軸に基礎づけられた街といえます。けれども近代以降、仙台駅の新設や地下鉄南北線の整備等の都市構造の変革により、今日では人々の流れやまなざしも変様して、むしろ広瀬川に背を向けて暮らしているように思われます。
せんだい--「川」の「内」の土地--の名前の由来が示すように、広瀬川は間違いなく「せんだい」の中軸であり、仙台を特徴づける不可欠な資源である事は疑いえません。都市の再構築により個性的で豊かな生活空間を創造するために、せんだいセントラルパークの実現に向けた具体的な取り組みは、強く求めらるべきではないでしょうか。
私たちは、市民「みんな」が望むようなせんだいセントラルパークを構想したいと思います。この度の提案は、そのためのたたき台です。みなさんの御意見等を得て、進むべき方向が明らかとなると同時に、議論の輪が拡がっていき、構想の実現に向けて市民社会の「うねり」をつくり出すことになるとすれば、望外の幸いです。
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